アラビア語にまつわる情報を集めました。
去年の4月にエジプトにいった。季節はちょうどよい時期である。アラビア語は全くわからないのでほとんどオプションで観光した。まずは食事である。朝食はホテルのビュッフェスタイルである。隣に座った東欧らしきおばさんの皿を見ると山盛りの菓子パンがのっている。不思議におもって皿のうえに各料理をすこしづつとり、テーブルに座って食べてみると、おばさんが菓子パンしか食べない理由がやっと理解できた。すべて極まずなのである。以来、朝食は菓子パンのみである。クレオパトラで有名なアレキサンドリアで昼食を海岸沿いのレストランで食べた。出てきたメイン料理は熱帯魚みたいな魚を丸ごと唐上げにしたものでこれも食えた代物ではない。ナイル川のナイトクルーズの夕食もまともに食えたのはナンだけである。つぎに交通事情である。信号はほとんどなく、車は車線を無視して我先に進むため渋滞している。この間隙をぬって歩行者は道路を横断するのである。カイロ滞在中、危険が伴うのでとうとう一度も横断できなかった。各種ピラミッドを見物するため高速道路と称するものにのったが霧のため2時間立ち往生である。よく見ると霧なんてひとつもないのに。さらに民度の低さを露呈したことがある。飛行場でみんな長い行列をして入国手続きをしている時、エジプト人の50歳ぐらいの夫婦が列を無視して税関の役人に二言三言いって税関を通りぬけていった。我々を含めて観光客の外国人を無視して自国民を優先させるとはあきれ返ってものも言えない。ピラミッド観光の帰路にガイドに絨毯屋に連れて行かれたときも、作業しているのは10歳にも満たない子供であり,手が小さくないと絨毯を編めないとのことで、その子供は親が率先して絨毯屋で働かせているとのこと、親は工賃をくすめて生活しているとのことである。あまりのレベルの低さに呆然とした。極めつけは遺産の保存である。田舎の博物館でスフィンクスの小型版が無造作に天日にさらされている。ガイドによると3000年前のものとのこと。こんな状態がそちこちに見られる。ここが古代エジプト文明発祥の地であるといわれても、民族度の低さに呆然とした次第である。おそらく、ほかの中近東もにたりよったりか、それ以下とおもわれるので、生涯2度と中近東には行かないと心に誓った。
... アラビア語の「abul-mosk=じゃこう(香り)の父」が語源 ◇学名:Abelmoschus manihot(Manihot=ブラジル名) 既に朔菓(種)まで出来ています。 花びらは横の方向を向いて咲くため、『側近盞花(そっきんさんか)』とも呼ばれます。 ...
... ライフルを突きつけてくるイスラエル兵士に対して「アラビア語で話せ」などと盾突くあたりが爽快。 ナジュワ・ナッジャール監督は昨年のアジア・フォーカス福岡国際映画祭には来場したのに、今回は来場せず。 ...
... 真剣に考えると僕の書いてるこの言葉、あ、日本語っていうんですけど みなさんにとってなじみ深いアラビア語のように右から左へ読む言語じゃないんで サイドバーで記事部分に読みたい記事を表示して、そのまま左から読むってことを考えれば 視線誘導とし ...